edamamesakuraの部屋

趣味で描いてる漫画や、好きな作家さんについて書いています。

平井和正 「 幻魔大戦deepトルテック 」

平井和正先生の大スペクタクルSF長編小説「幻魔大戦」が完結していた!
しかし、 Amazonのレビューを読んでみると微妙…それにお値段も…という事で長らくスルーしていました。
それが引越し先の図書館の蔵書で発見。全3冊を読了しました。

うーん、悪くはない。「幻魔大戦」は多元宇宙、パラレルワールドを前提にして展開しているのでこういう終わり方もありでしょう。
それに読了後の後味が非常に良い。

 

知覚の翼をひろげて
あの“無限”へ飛び立つ

 

この2行で長い小説は締め括られます。
“無限”というのは以前の幻魔大戦シリーズではフロイという名で呼ばれる宇宙意識体の事です。
主人公の雛崎みちるは、この無限と同化する事で二つの世界を行き来したり、物凄い、いわゆる超能力のような力を思う存分発揮出来るのですが、
その同化というのは自身の人格を無にして無限に委ねる事で、究極の状態は“死”という事になります。

みちるというキャラは平井先生のおそらくお気に入りであり、願望であり、自身を投影した分身であり、
この長い小説の中で思う存分暴れまくって、楽しんで、そして無限に召喚されていった。
先生自身が既にこの世にいない今、そんな風に思ってしまいました。


読了後の感想を先に書いたので、この後は読み始めからの些細な思ったり気になった事をつらつら書いてみます。

このdeepトルテック の前に書かれた「幻魔大戦deep」なる作品を読んでいないので、わかっていない事柄がおそらく多々あると思われます。
その為、なぜ本編である「 幻魔大戦deepトルテック 」の前に中編小説「少女のセクソロジー」から始まるのかわかりません…
これはどうも主人公みちるとクラスメイトの女の子のエッチなお話…みたいな感じで、つまらなさに耐えきれず、とうとう読み飛ばしてしまいました。

ですが肝心のdeepトルテックも、序盤は誰だかよくわからない自殺したがってる校長先生の話が延々と続いて、やはりつまらない…
ようやく主人公のみちると新しい父親らしい東丈(過去の幻魔大戦シリーズの主人公)が登場しても、小説家になりたいとかいってるみちるに魅力を感じないし、
東丈は以前とは違う人格のようで依然としてつまらない。
もう読むのやめようかな…と思い始めた1巻の後半あたりで、いきなりみちるは二十歳前後のハイティーンな女性のボディに変身(させられた)
するとなぜか(相手によるが)妙に言葉遣いが乱暴になり、すると急に物語に活力みたいなのが出てきて、少し面白くなってきました。

ストーリーの基本は、トルテックと呼ばれる呪術師になった主人公のみちるが、東西南北それぞれの方角の力を有したトルテックを4名集める事で、
その力によって、予言されている中国大陸を壊滅から救うという役目をみちるが担い、
二つの世界を行ったり来たりして両方の世界からトルテックを探したり、育てたり、以前から存在する先輩トルテックに協力を求めたりと孤軍奮闘するという流れです。

なぜ中国なのか?という疑問は作者である平井先生に何らかの意図があるのかもしれません。
「中国が消滅すれば、少しは人類の寿命はごく僅かだが延びる。同じ漢民族同士、大量虐殺をものの数ともしない奇妙な国民だからな」
毛沢東なんて自国の国民を七千万人も大殺戮して何とも思わなかった」
作中人物の台詞でボロクソに語らせています。
では作者は中国人が嫌いなのか?というとそうでもなく、ジェット・リーとか虎2(ふーある)という人物を、みちるよりよっぽど愛嬌のある感情移入し易いキャラとして登場させています。

中国以上に過激なのはイスラム教に対する視点です。
登場人物でシレーヌ王女というキャラが登場しますが、これは今までの幻魔大戦シリーズで登場するルナ姫が名前を変えたものと思われます。
(東丈が王女の癌を根治させるエピソードがありますが、これが本編唯一、彼が活躍する場面であり、ここでの王女との空気感に、時間と空間を超えた繋がりの深さを感じさせられ、なかなか感動的でした)
で、この王女がトルテックとして覚醒する前に計画していたのが、イスラム教の根絶という途方もないものでした。
この辺りの描写で、平井先生の宗教観というものが現れてきます。

はっきりいって、みちるは世界の大宗教、とくにイスラム教には不審を抱いている。
異教徒退治を是とするモハメッド教は戦争を聖戦と美化して呼ぶ。
その後、異教徒を金さえ払えば生かしておいてやる、というほど堕落したイスラム教は、同様に柔らかくなったキリスト教と両立するようになったが、
本来、戦争宗教であるからには、本卦帰りして原理主義を唱えるのは当然のことなのだ。

同時多発テロイスラム国を起こした連中と、一般的なイスラム教は無関係だと思っていましたが、大局的に観るとそうでもないのでしょうか?

みちると王女の対話では
「時代遅れも事実なら人間の根本的な自由を奪うというのも真実だと思いますが、イスラム教自体を、滅ぼすというのは乱暴ではありませんか?」
「違う、滅ぼすのではない、無力化するのだ」
「そのために王女殿下は、イスラム原理主義を拡大させ、テロリストを生み出したのでは?」
「やむを得ないのだ。イスラム教がいかに空疎で虚無の供物か、イスラム教徒自体に悟らせるためだ。今は、キリスト教が急速に壊れつつある。世界の二大宗教が変質しようとしているのだ。
キリスト教が壊れれば、イスラム教も、ということではない。キリスト教の神は空疎な作り物という考えが拡大しているが、イスラム教はそうではない。バランスが崩れたのだ。
信仰はある意味で黴に似た強い生命力を持っている。強い黴が弱い黴を食い荒らし初めているのが世界の現状だ。」

近代社会で世界の人々が手と手を取りあう為には、宗教の存在は邪魔ものでしかないのかもしれません。

この小説は実在した作家(学者?)カルロス・カスタネダの著作からの引用が全編に渡り引用されていて、トルテックという魔術師の概念もそこから来ています。
既存の宗教に幻滅し、新たな幻魔大戦の展開をトルテックに託した心境の流れは、こちらの方のブログで分かりやすくまとめられております。

 

金色のウイスキー、青いライオン
幻魔大戦deepトルテック /平井和正
http://gold-blue-lion-by-shirayukimaru.blogspot.com/2017/07/deep_31.html

 

この小説は2008年に刊行され、作者がもうすぐ70代に差し掛かろうとしていた頃に書かれたものですが、その文章から漲る活力とか若々しさに大変驚きました。
年寄りが若者を描いているのではなく、想像の翼で若者と同化して再び青春を謳歌しているような。
キャラクターの一人歩きや成り行き任せで筆を進めていく感じなので、誰にでもお薦め出来る作品ではありませんが、その衰えない筆力がうれしかったですし、勇気づけられました。

 

 

幻魔大戦deep トルテック

幻魔大戦deep トルテック

  • 作者:平井 和正
  • 発売日: 2008/05/13
  • メディア: 単行本