edamamesakuraの部屋

趣味で描いてる漫画や、好きな作家さんについて書いています。

天才監督木下惠介

仕事を探して大阪に住んでいた頃、図書館で一冊の本に出会いました。
「天才監督木下惠介
ここに出てくる映画監督、木下惠介(きのしたけいすけ)は私の地元静岡県浜松市の出身です。私はこの人の事を全然知りませんでした。

 

新編天才監督木下惠介

新編天才監督木下惠介

 

 

今でこそ知る人ぞ知るという微妙な立ち位置ですが、当時は黒澤明と双璧をなす実力、評価、人気を兼ね備えていたというのですから、
驚きましたし、ほんとかなぁと半信半疑でした。
代表作としては「二十四の瞳」「喜びも悲しみも幾年月」などがあります。
楢山節考」もありますが、私が知っていて有名なのは後に今村昌平監督がカンヌ映画祭でグランプリを受賞した方で、
下版は全然知りませんでした。

作品を見てみたいなぁと思っていたら、ちょうどよいタイミングで大阪九条の映画館「シネ・ヌーヴォ」で全49作品の特集上映を行っていました。
仕事と予算の都合で限られた本数しか見られませんでしたが、堪能させて頂きました。

とにかく手がける作品のジャンルが多彩で、人情物からコメディ、歴史物や戦争物、社会情勢を反映した物や集団の狂気を描いた物、
作品の手法も毎回、趣向を凝らしていて、日本で最初のカラー映画として撮られた「カルメン故郷へ帰る」
その続編は全編、社会の不安定感を表現するためか終始画面が斜めという「カルメン純情す
民話と現実との狭間の微妙な空気感を意識したのか歌舞伎の演出を施した「楢山節考
基本白黒画面で部分的に絵の具をぶちまけたようなカラーが散りばめられた「笛吹川

黒澤明監督と比して急速に忘れ去られてしまった背景は、作品がその当時の時代背景に寄り添い過ぎているというのが大きいようです。
ほとんどの音楽を担当した弟の木下忠治、代表作の一つが「水戸黄門」の主題歌ですが、
やはりあの当時の時代に最も光輝くメロディであるため、今聞くと一昔前、という印象がしてしまいます。
人物のスクリーンでの位置も顔のアップが多くて、映画というよりテレビドラマを見ているような気分になることが多かったです。
意識的に人物を遠くから引いたカットを多くした「二十四の瞳」は監督からすればイレギュラーな演出だったかもしれませんが、
その作品が例外的に今見てもエバーグリーンな名作として残っているように思えます。

映画で成功した後もテレビの「木下惠介アワー」で成功を収めたのですが、
晩年はマンションで一人寂しく毎日を送り、自宅に映画を見る機材があるのに弟子の山田太一
「見たいものなんてないよ」と漏らしていたようです。

 

以下、以前ミクシィに書いた日記の再録です。

地元 静岡県浜松市出身の映画監督。
代表作 「二十四の瞳」「楢山節考」など。
全盛期の1950~60年代には小津安二郎黒澤明と並び称される巨匠でした。

しかし、去年まで全然この人の事、知らなかった。
ヒット作を連発していたのが「男はつらいよ」シリーズが始まる前だし、
その後、映画よりテレビドラマ界の方へ仕事の中心を移した為、
映画ファンからは裏切り行為と思われ、急速に評価を落としていったのかも?

現在、ドリマックスという、TBSを中心にドラマを制作してる会社がありますが、
その前身 木下プロから山田太一などが活躍したり、「金曜日の妻たちへ」のような
ヒットドラマも生まれました。

ちなみに、カンヌ映画祭でグランプリを受賞した「楢山節考」は、
今村昌平監督作品です。

お勧め作は、やはり日本人の涙腺をことごごく緩めてしまうキラーチューン?「二十四の瞳
戦国時代の合戦を、黒澤監督並みに大金を投じて撮影しながら、
馬鹿の一つ覚えを繰り返してるような滑稽さで描く、反戦映画「笛吹川
名門女子大を舞台に、左翼活動や学生運動の流れを描いた「女の園」などなど。
あと、日本初のカラー映画「カルメン故郷に帰る」は未見ですが、
浅間山大自然を舞台にした、ストリッパーのコメディだそうです。

そんな木下恵介監督の全49作品をすべて上映するという企画が
大阪九条で開催されてます。
http://www.cinenouveau.com/sakuhin/kinoshita/kinoshita.html

あと、浜松市には木下恵介記念館というのがありまして、
そこで上映会やビデオを借りたりできるみたいです(中区栄町)

木下惠介の世界【WOWOWぷらすと】
https://www.youtube.com/watch?v=K74pWuZbv3o